無題
(こちらも契先生への貢物です。)
雨が降ってきた、と思った。この町の雨は細かい女性の淑やかな髪を思わせ肌にするりと落ちていく その中私は傘を差し、友人の泊まるホテルへと足を向けていた。もう自分の自宅が近いのにわざわざ宿泊する心根がわからないが相手によれば
「家に帰る前、仕事とおれを切り離すリハビリテーションなんだよ
わかってくれよロイ。わかってくれたか?そうかそうか。
じゃあ酒を飲むか」
ということらしい
私の名前はロイマスタング。軍人で大佐をしている。軍から与えられた名前はもうひとつある 焔の錬金術師 ロイマスタング と。
この世界では錬金術というちょっと世界のありようを知ったものだけが行使する事ができる力がある 誰もが使えるわけではない、そんなことが許されている世界だ。
「雨か・・雨は苦手だ」
私は傘を上げて呟く。白く視界を遮る雨は時計台を包み、親友でも在り大事な軍の中での私の補佐をしてくれる ヒューズの泊まっているレンガ造りのホテルも覆っていた
私は無意識に手袋を撫でる この手袋は赤い練成陣が刻印されており、二つ名を拝命した時から常に傍らに在り私の一部でもあった。名づけが焔の為だろうか、雨が降るとどうしても怨めしい気持ちになってしまう。命を消される気がしてしまう。私は背を伸ばしたままホテルへと向った
「ヒューズ いるのか はいるぞ」
ふんわりとした絨毯を踏みしめ、ホテル特有の清潔などこか人を寄せ付けない香りを嗅ぎながら、出張帰りの時必ず奴がチャージする扉をノックして開けると私はさすがに絶句して立ち止まった
狭いが整えられたベットの上でこちらを見ているのが、大きな熊の縫いぐるみ、だったからでもそのぬいぐるみの側に本らしき包装がいくつも転がっているからでも、そしてとどめが小さな靴の箱だったからでもない
「ようロイ よくきたな」
ベットの側の小さな机で書き物をしていた無精ひげの男が眼鏡を押し上げながらこちらをみると にぃっといたずら小僧のように笑いかけた
「これは一体何のさわぎだヒューズ」
尋ねながら私はやっと重い軍のコートを脱ぎ始めた。実の所はあいての返答は全く聞く気もなく脱いだコートをばさりとベットに投げる
「ああこれかぁ?家の愛する娘のエリシアちゃんにおみやげさぁ ちょうど
誕生日だしさぁ エリシアちゃんがこれをだっこしたらどうかななんて考え たら止まんなくてさぁ、もうこれが可愛いのなんのって」
いい年をした男が声を上ずらせると両手を合わせ、くねくねと身体を曲げるといとおしくてたまらないというように堰を切ったように話し出す光景は,何度みても知っていても父親愛を超えたものを感じさせてしまう
「ああそうだとおもった」
私はいい加減に返事をすると脱いだコートの側にどさりと乱暴に腰をかける
気をつけろよロイそこらへんにもエリシアちゃんへのお土産があるんだからなぁ!
こちらを指差して警告する親友の台詞を聞き流しながら私は重さで沈んで手元に近寄って来た一枚のレコードを手に取る
オペラか・・・まだ3歳にははやいのではないか?しかも悲恋か
女流歌手が白い花束を両手に持ち、哀しげに此方を眺めている袋を手に取ると私は口元を歪めた。
確かこのオペラは貴族の娘が恋に落ちるが父親に引き裂かれ、持病が悪化して悲歎にくれながら死んだ という趣旨ではなかったかね 娘への誕生日プレゼントにしては趣味が悪い しかも封をあけたのかね
其れは俺が聞きたかったんだよ よく知ってるなロイ。お前はオペラに詳しいのか
私は肩をすくめるとごろりとベットに寝転がった ベットの軋む音に慌てた親友の声がかぶさる
伊達に女性に尽くしているわけではないさ。お供でならよく付き合うからな まあ私は何回も見ることになるから余り嬉しくもないといったところが本 当か
まったくお前らしいと言うか おいロイ寝るのかよ!いったろ、エリシアちゃんのだなぁ
知っている・・・・
私はレコードをぽいと放り投げると、さらに上がる抗議の声を右から左に流しながら 仰向けになり手を頭の下にいれると天井をじっと眺めた
甘い香りが私を包む。それはヒューズが買い込んだ愛娘へのプレゼントを包んだ包装の香りかもしれないし、親友がひたすら垂流す家庭への喜びなのかも知れない
だが私には何の感情も浮かばない。本当に友を思うのなら今は喜んでやるべきなのだろうか。それとも出張を盾にとってプレゼントを買う男を公私混同だと戒めるべきなのだろうか。
ロイ お前は今何を考えている・・?
そんな私の表情をどう思うのか、椅子に座ったままの男が声をかけてくる
私ははじめて見た様な気がしてそんな相手をまじまじと見つめ、相手の穏やかだが気遣うような色にはじめて胸を突かれた気がした。ずきりと痛む良心
何とは なんだ
寝転がったままのだらしない会話、普段ならこんな事はしない。しかし外の雨が私の心を濡らし消耗させたような気がして、思うが侭に振舞いさせる。私は視線をひたりと相手に当てて尋ねるが、私はふいに自分がきっちりと軍服を着たままであるこを明確に意識し、頬が赤くなる気がした
いや時々お前がわからなくなる気がしてさ。でも今はわかった。はっきりと
親友の笑みは時々甘く深くなる。私は慌てて身体を起こすと視線をそらす
私の 何を、どうわかったのかわからないな
それは
ふいに黙り込み沈黙の間にかすかに回る換気の音が私には騒々しく聞こえる
なにがわかったと
ロイ お前も 早く嫁さんを見つけて結婚しろ。愛する人を見つけて毎日でなくてもいい、抱きしめてやれ 沢山たくさん お前の心が相手が満たされるまで
いつもヒューズが事あるたびに私に言う言葉だった。そのたびに受け流し、ある時は反論し、やらねばならない事があると返している約束事の言葉。しかし今ここで聞くとはおもわなかった私は絶句し、返す言葉を捜して沈黙する
なぜ今ここで 言うんだヒューズ
私の声は動揺していないだろうか。しっかりといつもの、冷静な私自身でいるだろうか
その前のお前は冷たい人形のようだったのに、今さっき俺を見ていたロイお前は子供の様だった。俺はお前を守ってやりたい。仕事でもプライベートでも でも俺はお前のすべてを見ていてやれるわけじゃないからな。お前に必要なのは
突然笑い出した私をギョッとして相手は口を噤むと呆然と眺めた
笑いが止まらない 私をこいつはそう見たのか、とっくに成人した私を。地位ある男を、錬金術という名前の魔術師、呪われた生き物。人の命を奪うことを何も感ず欲求と野望だけで生きているそんな男なのだ やわではない
笑うな
真面目な顔をして叱る様に言うヒューズに一層笑いが止まらず私は身体をかがめた 涙で視界がゆがむ眼にうつるのは白い手袋 そして赤い血のような練成陣。犯罪人の証だ。身体を浸すのは寂寥感 なのに可笑しい とまらない
笑うなと言っている!
壁を揺るがせるような怒声があがったかと思うと私の肩が激しい痛みに襲われた。ゆさゆさと揺すぶられ顔を軽く大きく暖かい手でたたかれ、悪夢からわれに返った。真顔の友人の瞳にうつった私は今はどううつるのだろうか
ヒューズ・・すまん。
乾いたホテルの換気の中で大声をだしたせいか声がかすれ、元の私を取り戻そうと唇を横に引く 謝罪の笑みに見えるだろうか
お前は不器用すぎなんだよ その癖時々わからなくなる お前は誰なんだ?俺の親友か?肩を並べて歩く戦友なのか?それとも白昼夢を見て怯える子供なのか・・・錬金術師なのか 俺にはわからん。わからんからいてやりたい だからもうさっきみたいに自分を傷付けるような笑い方をするな頼むから
冷静さを取り戻した私の肩を掴みながらそういうとヒューズは何度も私の肩を叩きながらそういうと返事を待つように俺を見据えた。
幸せものだな私は
肩を叩く痛みは身体を打ち 言葉は心に沁みこんで行く。てらいのない言葉と、強さと愛情の深さが私を素直にさせ頷かせていた
すまない ありがとう
これからも何回もお互いにかけていくだろう謝罪の言葉を聴くとヒューズは、ニィッと笑い肩から手を離す
よしなら今日はこれからラウンジで飲もうぜ?なあ。いろいろ話したい土産話もいっぱいあるんだぜ?
定期連絡を受けていたのにそれをわすれたような相手の浮かれ声に こいつも寂しかったのかなとおもい、私も立ち上がった
ああ、いいだろう。しかし出張の度に経費で飲まれては叶わん。本日から酒は実費だ
えええええーっそりゃないぜ?!ロイ!
私の声に抗議の笑い声を上げながら振り返るったヒューズの表情を私は一生忘れないだろう
「まったく ただし今日は私がおごる 今日だけだぞ?静かに飲ませろよ」
私はヒューズの 背中を先ほどのお返しとばかりにどやしつけると先に歩き出した。
かわらないこれからも 振り回し振り回され
背中を守られ 焔は守る為に燃やす・・ そうあらためて誓いながら 一歩を踏み出す これからのために 見守るすべてのものに報いる為に
END
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